クリスマスの起源

クリスマスが始まったのはキリストが地上に降りてきた紀元前2000年前


クリスマスはキリストの降誕祭?

クリスマスは、イエス・キリスト(Jesus Christ)の降誕(誕生)を祝うキリスト教の祝祭行事として、12月24日の日没以降、翌25日の日没までに開催。


もともとイエス・キリストがこの日に誕生したという訳ではく、定まった期日もないまま、キリスト降誕を祝っていた。


当時のローマ帝国の求心力が低下していく傾向の中で、その打開策としてキリスト教の勢力を利用しようと考えたローマ帝国皇帝の目論見により、西暦352年にローマ帝国皇帝ユリウス1世によって12月25日と定められたよう。


↑キリスト教改宗目的のために、

元々ヨーロッパ各地の古代からの冬至の日のお祭りに便乗した

ゲルマンの冬至の祭り「太陽神の誕生祭=ユール」

ペルシャ発祥のミトラ信仰の冬至の祭り、

ローマにもともとあった農業神「農耕神への収穫祭=サトゥルヌスの祭り=サトゥルナリア」

などにキリスト教が便乗した。



日本ではじめてのクリスマス

『イエズス会日本通信』の記録によると1552年12月25日。

現在の山口県山口市において日本で初めて降誕祭の祝いが催されたとの記録。

(山口県は、3年前の天文18年(1549)に来日したイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルの布教活動により、多くの信者が誕生していた。)

この時に唄われたミサが「日本で披露されたヨーロッパの声楽としては最古のもの」として日本における西洋音楽の発祥といわれている。

(※日本でクリスマスケーキが流行ったのは不二家のマーケティング戦略)


日本でのクリスマスツリー

1859年12月函館、初代駐日ロシア領事がロシア領事館の函館開設において、箱館奉行所の役人や近隣住民との交流を深めるためのロシアの祭礼を開催。


ヨルカ(樅もみの木)を立てたとするロシア側の資料も判明。


1860年 ドイツ(当事はプロイセン王国)とも開国の約束。

(鎖国中だった日本は1858年江戸時代末期(幕末)にペリーのアメリカと開国を約束)

その時に来日したプロイセン王国代表のオイレンブルク伯爵が、その年に滞在先の大使館でクリスマスツリーを飾った。(ドイツ大使館広報部資料)

江戸町中の植木屋を探し回り、杉や竹、椿の木などを使って樅の木に似せ、その背丈は何と天上に届かんばかり…木にはオレンジや梨、砂糖菓子や蝋燭ろうそくなどを吊ったクリスマスツリー との記述。


「クリスマスツリー」の慣習

  • クリスマスツリーの発祥は、樹木信仰の強かったドイツと言われている
  • クリスマスの起源のひとつであるゲルマンの冬至の祭り「ユール」の飾りの名残
  • モミの木は常緑樹『冬にも生命を失わない植物』として冬至の祭りの飾り付けに選ばれた
  • 8世紀頃、フランク王国にキリスト教を伝えた聖ボニファティウス(Bonifatius)という宣教師が古代ゲルマン民族の風習を採り入れ、樅もみの木にキリストへの捧げ物を吊るす事を始めた。(「トールのオーク」伝説)
  • 飾り付けをしたツリーが記録に登場するのは、1419年が最初
  • クリスマスツリーがキリスト教の施設や教会などで飾り出されたのは、15世紀以降のドイツ
  • ドイツでは以前から樹木崇拝 (それをキリスト教に改宗させるためにモミの木を切った)
  • フランスでは1840年に、オルレアン公爵と結婚したドイツの王女が嫁ぎ先でツリーを飾ったのが最初
  • イギリスでは1841年の(当時の英国王室のヴィクトリア女王の旦那がドイツ人でクリスマスツリーを王室に飾ったことがきっかけ⇒王室の流行りは一般民衆にも広まるのが英国流)
  • アメリカでは既に1746年、ドイツ移民がツリーを飾っていた記録がある。本格的に広まったのは独立戦争(1774~83年)にイギリスの傭兵として参加したドイツのヘッセン兵
  • 日本は江戸時代(幕末)の1860年、現ドイツのプロイセンの公使オイレンブルクが杉、竹、椿の木などを使ってツリーを飾った。和と洋の合体! 和洋折衷! 椿だったら花も赤くて華やか


モミの木の意味

  • 寒い冬でも青々とした葉を茂らせる常緑樹は強い生命力の象徴とされ、信仰されていた。
  • キリスト教布教以前の旧約聖書時代、古代ヨーロッパでは樹木崇拝(樹木が超自然的な力の表現あるいは象徴として働いているとする宗教的観念=樹木の生長,季節ごとのよみがえり,樹液の流れなどが聖なる宇宙的諸力を暗示するものとみなされ,インド、メソポタミア、エジプト、エーゲ海など古代文明圏では普遍的にみられる現象で『生命の木』の思想)
  • 特定種の樹木が崇拝対象となる
  • ヨーロッパでは、キリスト教の影響で樹木崇拝は禁止されることが多かったが、古来の習俗と習合し、モミの木をキリスト磔刑の聖なる樹木として崇拝する風習が残っている。
  • 古代ゲルマン人の社会で「聖なる森」の崇拝
  • 古くから、地中海地域には樫の木の崇拝。アテネ女神崇拝も元来の崇拝対象は樫の木。樫の木はゼウス神とも結び付き、力を象徴するものと伝えられている。樫の木の崇拝は古代ケルト人の間でも盛ん。彼らのドルイド僧団は、宗教行事を樫の森で行った。今日も残る風習として、こうした聖樹崇拝に由来するといわれるクリスマス・ツリーがある。(樫の木はブナ科の常緑樹=常緑樹は寒くて吹雪が吹き荒れるような真冬でも葉っぱが枯れないため、真冬にも緑を生やし続ける樫の木を見て、永遠の命=神様がいるに違いない!という考え)
  • ヨーロッパ北部では、春あるいは初夏に、森に入って木を伐(き)り倒し、それを村へ持ち帰って広場に立てたり、木の枝を各戸に結び付ける、「5月の木」May-pole, May-treeの風習もある。聖霊降臨祭に伴う樹木崇拝も知られるが、樹木に神が降りるというよりは、本来の目的は、樹木のもつ生命力、また樹木に宿る精霊の力を新たに招来するところにある。5月の到来が、人間の形をし、葉や花で装飾された像によって、あるいは植物の力を体現する現実の人間によって祝われるのも、同様の意味をもっている。
  •  木に呪力(じゅりょく)、生命力を認める考え方は、死者に生命をもたらし、病気を治し、若さを回復する神秘の木である「生命の樹」の観念をもたらした。旧約聖書にでてくるエデンの園には、この「生命の樹」と同時に善悪を知る「知恵の樹」があったと伝えられ、キリスト教の十字架は「生命の樹」の表象として描かれている。
  • 古代ローマでモミの木を使い船を作り、重用されていた。
  • 古代ローマではモミの木を海神ネプチューン(ローマ神話)に捧げた。(ギリシア神話では海と地震を司る神ポセイドン(Poseidon))
  •  内陸のゲルマン民族は、「闇・死・寒さ」の支配する冬の森でも緑の葉を落とさないモミを、「希望・堅実さ」の象徴として崇拝
  • ドイツの多くの地域では、民族に関係なく悪霊除けの風習
  • ドイツの多くの地域では、民族に関係なくモミの枝を悪霊除けとする風習
  • ドイツではクリスマス関係なく戸口や寝室、穀物倉庫・家畜小屋などにモミの枝を飾る習慣が現代でもある。
  • ドイツ中部の山岳地帯では、モミの木に住む小人が木に留まり村に良い事をもたらすという信仰がある。
  • キリスト教の宣教師は、当時のドイツ人の木、特に樫の木に神様が宿ると考える樹木信仰を持ったドイツ人をキリスト教に改宗させようとするが、樹木信仰は根強いため、樹木信仰の対象を樫の木からキリスト教の信仰のシンボルの一つであるもみの木に変えられないか、とドイツ民の前で彼らの神様である樫の木を切り倒し聖木である樫の木を切り倒されて祟りを恐れる現地の人に対し、キリスト教の伝道師はキリスト教の教えを説くと、切り倒した樫の木からもみの若木が生えてきました。これが伝わって、ドイツではもみの木も樹木信仰の対象になった説。
  • ドイツ人がキリスト教に改宗後も、樹木信仰は引き続き存在
  • モミの木の形が教会の尖塔に良く似ていることから、クリスマス・ツリーに選ばれた
  •  モミの木の三角形の形が三位一体(頂点が神・子=イエスと聖霊が底辺の両端)を表し、神の力を宿すものとして、キリスト教の建物の建材や楽器などに使用されてきた
  • キリストの降誕祭の際にモミの木が使用された
  • モミの木には小人が住んでおり、幸せを運んでくれるとされたため
  • キリストの十字架がモミの木で作られていたとされる説
  • また、モミの木の形が教会の尖塔に良く似ていることから、クリスマス・ツリーに選ばれた
  • もみの木がキリスト教のシンボルなのは、エデンの知識の木=旧約聖書には、アダムとイブが知恵の実のリンゴを食べたとされるりんごの木をシンボルとして使いたがったが、りんごの木は落葉樹。冬になると葉っぱが落ちてしまい、神秘性がない。常緑樹であるもみの木が代用された説。


ドイツのクリスマス

ドイツは何と言ってもキリスト教国家。クリスマスは、ドイツ最大の行事。

11月の最終の土日から、クリスマスイブの約4週間がアドベントという期間(キリスト(神)降臨を待つ期間。

リース型の4本のキャンドル「アドベントクランツ」の1本に、火を灯す。

だんだんクリスマスが近づいていることを実感


オランダのクリスマス

オランダはクリスマスが2回

1回目は12月6日の聖ニコラスの誕生日と、2回目は12月25日

聖ニコラスの到着(アムステルダム)

12月6日の聖ニコラスの日の前月、赤いマントを着た聖人ニコラスが従者ペーターとともに、スペインから蒸気船に乗ってオランダにやってくると言い伝えられています。

毎年アムステルダムで開催される聖ニコラスの到着のイベントでも、伝説の通り聖ニコラスの一行は、船でアムステルダムの港に到着。

その後、子供たちにお菓子を配る従者たちと一緒に市内を賑やかにパレード。

この様子はテレビ中継。




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